最近ジャパサ(ジャパニーズ・サービス、つまり日本語礼拝の略)っていう言葉をなるべく使わないように心がけてます。

なぜかって?
それはわたし達「個人」のアイデンテティーを持ちたくないから。
私たちはヒルソング・チャーチであって、Japasaだけではないのです☆
大げさだよ・・・って言われるかもしれないんだけど
教会内で使う言葉(Language)は本当に大切。
どういう単語・言葉を使っているかで教会の雰囲気も変わるし、やる気も変わってくるのを
皆さんご存知でしたか?
例えばヒルソングのエクステンション・パスターたちは
ヒルズキャンパスやシティ・キャンパスのことを「メイン・キャンパス」とは呼びません。
だってエクステンション・サービスだって「メイン・キャンパス」だから!
そしてシティのパスターは「ヒルズのほうに行く」というのを英語で 「going OUT to Hills」 とか
「going DOWN to Hills」とも言いません。ヒルズサイドのパスターも同じ。
本当に些細なことなんだけど、こういう何気ない「言葉」から教会の中身が覗けます。
だからその教会を知りたかったら、その教会のスタッフとか人と話してみて彼らがどういう言葉を使っているかでその教会のことが(もちろん、全部ではないけど)見えてきま〜す(!)
ジャパサという言葉は私たちの存在を表していて、愛着のある大好きなニックネームだけど、
それだけが一人歩きしてしまうのは違うと思うんです。
わたし達の礼拝に来る人は「ヒルソング」に来るのであって「ジャパサ」に来るわけではないんですね☆
主任牧師のブライアンがいつも行っているように私たちは
ヒルズ・キャンパス+シティ・キャンパス+14個のエクステンション・サービス=1つの教会なんです。
エクステンション・サービス(枝礼拝)の中でも特に英語以外の言語で礼拝をしている所は
自分個人のアイデンテティーを持ちやすいですね。だって使っている言語自体がオリジナルのものと違うし、「文化が違うから」とか「環境が違うから」っていう理屈をいくらでも並べて
ヒルソングとは実は違うものを作り出せる環境にあるわけです。
英語ではないから 周りからも ぱっと見はそれは明らかではないし。
これってわたし達みたいな「枝礼拝」特有の問題に思いがちだけど、実は教会内の部門でも有りがちなことだと思う。
+ユースは独自で教会の路線とは違うことをしている。
+日曜学校はその存在自体が教会を建て上げるためにあるんじゃなくて独自の存在意識を持っている。
+スモールグループは教会と同じ方向性で進んでいるのではなくて各リーダーが自分のしたいこと(必ずしも悪いことではないと思いますが!)をしている。
こういうことが教会内で起きていると、教会が一致して一つの方向に動いていくはずがないんです!
教会にはいろんな部分があってそれぞれが機能して一つの体を作り、体が上手く機能するようにします。だからユース、日曜学校、スモールグループがそれぞれの方向性を持って進んでいったら
体がバラバラ事件です!
ハッキリした方向・目的に教会全体を引っ張っていくというのは牧師の責任です。
これがないと上に書いたことが起こってしまうので!(汗)
でも方向性が示されたあとは、リーダー、コーディネーター、奉仕者の出番ですね。


なぜかって?
それはわたし達「個人」のアイデンテティーを持ちたくないから。
私たちはヒルソング・チャーチであって、Japasaだけではないのです☆
大げさだよ・・・って言われるかもしれないんだけど
教会内で使う言葉(Language)は本当に大切。
どういう単語・言葉を使っているかで教会の雰囲気も変わるし、やる気も変わってくるのを
皆さんご存知でしたか?
例えばヒルソングのエクステンション・パスターたちは
ヒルズキャンパスやシティ・キャンパスのことを「メイン・キャンパス」とは呼びません。
だってエクステンション・サービスだって「メイン・キャンパス」だから!

そしてシティのパスターは「ヒルズのほうに行く」というのを英語で 「going OUT to Hills」 とか
「going DOWN to Hills」とも言いません。ヒルズサイドのパスターも同じ。
本当に些細なことなんだけど、こういう何気ない「言葉」から教会の中身が覗けます。
だからその教会を知りたかったら、その教会のスタッフとか人と話してみて彼らがどういう言葉を使っているかでその教会のことが(もちろん、全部ではないけど)見えてきま〜す(!)

ジャパサという言葉は私たちの存在を表していて、愛着のある大好きなニックネームだけど、
それだけが一人歩きしてしまうのは違うと思うんです。
わたし達の礼拝に来る人は「ヒルソング」に来るのであって「ジャパサ」に来るわけではないんですね☆
主任牧師のブライアンがいつも行っているように私たちは
ヒルズ・キャンパス+シティ・キャンパス+14個のエクステンション・サービス=1つの教会なんです。
エクステンション・サービス(枝礼拝)の中でも特に英語以外の言語で礼拝をしている所は
自分個人のアイデンテティーを持ちやすいですね。だって使っている言語自体がオリジナルのものと違うし、「文化が違うから」とか「環境が違うから」っていう理屈をいくらでも並べて
ヒルソングとは実は違うものを作り出せる環境にあるわけです。
英語ではないから 周りからも ぱっと見はそれは明らかではないし。
これってわたし達みたいな「枝礼拝」特有の問題に思いがちだけど、実は教会内の部門でも有りがちなことだと思う。
+ユースは独自で教会の路線とは違うことをしている。
+日曜学校はその存在自体が教会を建て上げるためにあるんじゃなくて独自の存在意識を持っている。
+スモールグループは教会と同じ方向性で進んでいるのではなくて各リーダーが自分のしたいこと(必ずしも悪いことではないと思いますが!)をしている。
こういうことが教会内で起きていると、教会が一致して一つの方向に動いていくはずがないんです!
教会にはいろんな部分があってそれぞれが機能して一つの体を作り、体が上手く機能するようにします。だからユース、日曜学校、スモールグループがそれぞれの方向性を持って進んでいったら
体がバラバラ事件です!

ハッキリした方向・目的に教会全体を引っ張っていくというのは牧師の責任です。
これがないと上に書いたことが起こってしまうので!(汗)
でも方向性が示されたあとは、リーダー、コーディネーター、奉仕者の出番ですね。

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